本多流 鳴弦(めいげん)の儀
2026年2月1日 開催

| 説明 | 鳴弦は弓弦を鳴らし弓矢の威徳によって魔を払う儀式です。 鳴弦の由来です。堀河天皇が毎夜、物の怪に怯えておられたところ、宿直を命じられた源八幡太郎義家が弓弦を三度鳴らし、「前陸奥守源義家」と呼ばわりました。 これに恐れをなした物の怪は退散し、堀河天皇の御悩が消え去ったというものです。 水無瀬神宮追儺御弓神事においては、本多流四世本多利永宗家が、本多流流祖本多利實から代々伝わる本多流鳴弦の儀を執り行うものです。 ▼本来は一般公開される事の無い貴重な資料につき転載禁止▼ |
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| 儀式の様子 | ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() Photo by 元野カツヒコ(StudioBorder) |
| 本多流について | 本多流は明治の中頃、本多利實翁が日置流竹林派から出て、古来からの射を改め、武道と体育の調和を主眼として従来の斜面打起を正面打起とし、儀礼を取り入れたのと同時に、姿勢の左右均衡を計ったものです。利實翁は東京帝国大学をはじめとし多くの学校の弓道師範をやっておられました。 翁の高邁な識見と円熟した技術とを敬慕する門人が雲集し、これら門人が翁の教えを広め、翁の射法は全国弓道界を風靡することとなりました。大正六年に本多利實翁が他界した後、嫡孫利時氏が二世宗家となり、その後、昭和の中頃より三世利生氏が、そして、平成の初めから令和の現在は四世本多利永氏が本多流宗家を継承されています。 |
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